極限状態に置かれると、天使と悪魔にわかれていく。

私たちの多くは、時折、理由のないむなしさ、「何か足りない」「満たされない」といった「実存的空虚」に囚われてしまっています。まずは、ご自分の心の中で口を開けている「穴」の存在を見つめることから始めましょう。
そのことから、あなたの事故探求の第一歩が始まるのです。

誰にでも、幸せになりたいと願う権利が認められています。しかしあまりにも幸せを求めてもがくあまり、欲望ゲームの虜になってはいけません。
幸せとは、結果として自然とてにはいるものであり、求めすぎれば逃げてしまうものなのです。

人間の本質は、「自己超越性」。すなわち、他者や社会との関わりに開かれているところにあります。
人間の自由とは、「何かのため」「誰かを守るため」に与えられたものなのです。

「悩む」ことができるのは、人間の大切な「力」の一つです。いたずらに「私は辛い」と悩み、叫び続けるのではなくて、その悩み、苦しみを毅然とした態度で正面から引き受けることによって、苦悩は人間的成長の大きなチャンスへと変わりうるのです。

「考えすぎ癖」にストップをかけましょう。それが、あなたの悩み、苦しみをつくり出している諸悪の根源です。「考えすぎ癖」にストップをかけて、自分自身に目を向けるのをやめましょう。
そして、我を忘れて、自分が今取り組むべきことに取り組んでいきましょう。何かに無我夢中になること。それが、あなたが悩みの悪循環から抜け出す最大のポイントです。

あなたがもし、現在の自分に失望していて、未来にも希望が持てないのだとしたら、過去をぜひ思い出してみてください。あなたの人生に、たったひとつでもいい、「こんなに素晴らしいことはない」、と思えるような体験はありましたか?
もし、そんな体験が一つでもあれば、あなたの人生は最高です。それは、今も未来も変わりません。

心をこめてはぐくんだ思い出は、この先どんなことがあってもあなたの支えとなってくれるはずです。どうしようもない苦難にぶち当たった時、心をこめて、その思い出を大切に思い出してください。 
  

どんなに偉大な人間でも、たったひとりぼっちで自分の力を発揮できたわけではありません。まずはご自分の周囲にいる方々を思い浮かべてください。そこに、あなたを支え続けてくれている大切な人がいるはずです。

現在は一瞬にして、はかなく過ぎ去ってしまいます。未来は、来るかどうかもわからない不確かなものです。それに対して、過去ほど確実なものはありません。
自分の人生の「思い出」を心から大切にしましょう。「思い出」よりも確かで貴重な財産はないのです。

毎日がむなしくなったり、自分の人生が無意味ではないかと思ってしまうのは、決して心の病ではありません。いまの自分がむなしいと感じる―ーーそのことこそ、自分を変える大きなチャンスになりうるのです。

人生に生きる意味はあるか、ないか。人生に希望はあるか、ないか。それを決めるのは、あなた自身ではありません。
生きる意味は、常にあなたに届けられています。生きる希望も、いつもそこにあります。
あとは、ただあなたが、その人生の真実を受け入れるだけ。それだけでいいのです。

すべての人は善だ、ということも、悪だ、ということもできません。強制収容所のような限界状態に置かれると、人間は天使と悪魔に別れるのです。そして両者の違いは、個人の精神性によるものだったのです。

どんなときも、人生には意味がある。あなたを待っている何かがあり、あなたを待っている誰かがいる。そして、その何かが誰かのために、あなたにもできることがある。

「とりあえず」と思って就いた仕事でも、やる以上は心をこめて、本気で取り組んでみましょう。我を忘れて、無我夢中で取り組み続けることではじめて、いつも間にか、その仕事があなたの「天職」となるのです。

圧倒的な自然にうち震える体験。芸術作品に心の底から揺る動かされるような体験。それは何にも代えがたい、大きな価値創造のチャンスです。
とりわけ、人に喜んでもらえる喜びは、私たち自身の生きるエネルギーへと転化されていきます。

容姿、才能、家柄・・・私たちは人生に、さまざまな「変えられない運命」を伴っています。そこで重要なのは、運命に流されてしまうか、それとも、運命に対して毅然とした態度を取ることによって、自分の人生を前向きなものに変えていくことができるかです。
自分に与えられた運命に対してどういう態度、どういう生きる姿勢をとることができるか。このことこそ、人生における最も重要なものなのだとフランクルは言うのです。

私たちは、自分がどう生きたいか、どうすれば自分は幸せになれるかと考える、自己実現病にかかってしまってはいないでしょうか。
けれども、実はそれに先だって、人生から私たちに、常にすでに、呼び掛け、問いかけが発せられているのです。私たちが人生に問いを発するよりも前に、人生のほうから問いかけ、呼びかけが発せられ続けるのです。

「自己中心」、「自己実現中心」の生き方から、「人生からの呼びかけに応える生き方」「意味と使命中心の生き方」へと、生き方を百八十度転換せよ。そうしなければ、真に穏やかな幸福は決して手に入ることはないのです。

人間は、「絶えず時間から呼びかけられている存在」です。失われた時間は、二度と戻ってくることはありません。
「悔いのない人生」を送るためには、「これからの五年でこれだけはしておきたい。これをせずに死んでしまったら後悔する」ということを、いつも念頭において日々を生きるようにしましょう。

人生を意味あるものにするのに遅すぎることはありません。たとえもし、あなたが、明日死刑になる殺人犯だとしても。

悩んで、悩んで、悩みぬけ。苦しんで、苦しんで、苦しみぬけ。
絶望の果てにこそ、暗闇の中に一条の希望の光が届けられてくるのだから。

(諸冨祥彦著 ビクトール・フランクル22の言葉 生きる意味)より

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