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わかりやすく説明するということは、とても重要なことです。

「関与しながらの観察」ってどうゆうことでしょうか。

わかりやすく説明してみましょう。

それでは、日曜日のうんちくをどうぞ!

日曜日のうんちく 

関与しながらの観察

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29、900円もする心理臨床大辞典には、「関与しながらの観察」について以下のように書かれています。

「治療者は治療状況の中では、治療者・患者という人間関係の中に、自ら関与しつつ観察する特殊な立場にある。・・・精神医学的現象は、自然現象のような純客観的事象ではなく、必ず観察者である治療者が関与し、それに影響をあたえると同時に、それに影響を与えられているのだ・・・」

これでは、結局何のことだかわかりませんね。

「関与しながらの観察」とは、精神科医サリヴァンが、精神療法における治療者・患者間のあるべき関係性を指摘したものと言われています。

さて、関与していながら観察する「観察」とは、どこから観察するのでしょうか?

画像の説明

世阿弥の「離見の見(りけんのけん)」という言葉があります。

これは、観客席の観客の目で自分をみなさいということです。

自分の舞いは、自分では見えません。

でも、その舞っている自分を外から見る。

つまり、自分を離れた客観的な目で見るということです。

世阿弥は、自分が舞台で能を舞っているときに、観客の目から自分の演技を リアルタイムで見ることができたといいます。

つまり、治療者が患者に接するとき、その関与をリアルタイムで自分の外からの目で観察することができるようになれば、関与しながら観察できるということになるのではないでしょうか?

このように私は考えています。

関与していることを客観的に観察し、相手に影響を受けて、のめりこんでしまわないように注意しなさいということではないかと思います。

でないと、関与するということは、それ自体で自分が影響を受けているからです。

栄仁会カウンセリングセンター(おおばく駅前ルーム)の臨床心理士・名倉氏は、

心の悩みをを抱える患者さんがカウンセリングにきて下さった状況を

「沼でおぼれている人が助けを求めている」という場面に例えて説明されています。

この場合、救助者の行動は、

の二つの方法が考えられますが、

名倉氏によれば、関与しながら観察するという行為は、片足は陸地に結えながら、片足は沼地に踏み入れて、助かる方法をおぼれている人とともに模索することだと説明されています。

おぼれている人と沼の中で手をとりあうこともできるし、相手の反応も確認できる。

と同時に、いつでも陸地の見地から大局的に状況を把握しなおせる。

とのことです。

実は、2011年放送大学大学院 臨床心理学プログラムの筆記試験問題で、

「関与しながらの観察」を説明しないさいという問いが出題されました。

あなただったら、どう答えますか?




よろこ