ようこそよろこぶやへ

よろこぶやは、おじいさんおばあさんを応援します。

「好き」は無敵です。

「語り」は心を動かします。

今日はそんな話です。

それでは、日曜日のうんちくをどうぞ!

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日曜日のうんちく 

好きなこと

「私の作品は世にもてはやされるようなことはなかろう」

とゲーテは語ります。

「もともとあててやろうと思って作ったものではない。自分自身の向上と、同じような傾向を持つ少数の人々のために書いたのだ」

もてはやされたいというのは、仕事を誰かに認めてもらいたいという気持ちがあるということです。

考えてみれば、仕事を認められたい、褒められたいというのは、仕事が遊びになっていないという証拠です。

仕事だと思うと、成果を人に評価してもらわないといられなくなります。

しかし、自分にとってそれをやることが遊びに近いものであると、もてはやされたり評価されたりしなくても、好きなことをしているだけで満足できるものです。

好きなことをする方が、仕事でやるよりは、かえって心がこもった繊細な表現ができて、作品としては次元が違うレベルのものになります。

さらに、思考や取り組みはエンドレスとなり、常に上を目指して終わらなくなるのです。

仕事が遊びになっている人は強いといわれる理由が、そこにあります。

ゲーテ

あなたは、仕事が遊びになっていますか?

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語ること



遠い大衆、たくさんのターゲットに向けて書いたものではなく、自分の目の前の大切な人に対して、語りかけるようにしたものが、逆に大衆に受け入れられていくということがあります。

「ドリトル先生」のシリーズは、そうした小さな愛情から生まれたものです。

ある事情で子供と離れて暮らさなければいけなくなった。それでも自分の子供に面白い話を聞かせたいという思いが、作品となったのです。

自分の子供相手に語り始めたことが世界の子供を喜ばせることになった例はわりとたくさんあります。

「不思議の国のアリス」もそうです。

自分と非常に興味があっている人、レベルがあっている人などごく少数にわかってもらえればいいと思って表現を練っていくと、逆に大きな波として、大衆に受け入れられることもあります。

不思議の国のアリス

あなたは、不思議の国のアリスが自分の子供相手の語りだったことを知っていましたか?

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引用:座右のゲーテ 斎藤孝




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