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競争社会で敵に遭遇したら、どうしますか?

今日は、大きな敵の話です。

日曜日のうんちく 

大きな敵

村上和雄(筑波大学名誉教授)の著書「人生の暗号」からです。

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競争社会で暮らすと必ずでてくるのがライバルの存在です。いったいこの存在をどう考えるか。

これも人生においてかなり重要な問題となってきます。

ライバルとは、自分をやる気にしてくれたり、能力を高めるきっかけを与えてくれる存在として、むしろ必要なものと考えています。

オリンピック競技でもライバルが存在するから、少しでも先へいってやろうと一生懸命に練習に取り組む。それによって記録が更新されていくのです。

学問の世界もライバルが存在しなければ、その進歩は大幅に遅れてしまいます。

ライバルは、「好敵手」という言葉の通り、好ましいを思って付き合うことができる存在と考えればよいのです。

では、敵の場合はどうでしょうか。

ライバルは同じ土俵で競う存在ですが、敵となると話が違ってくる。敵はかならずしも同じ土俵とはかぎらない。

同じ土俵じゃないからルールも定かではない。

ライバルは存在しないとこちらは困るが、敵はいないほうがよいと誰もが考えます。

ここから敵を滅ぼすという考え方ができてきます。 

キリスト教の世界では、「敵は滅ぼしてよい」とよいとされています。

同じ一神教のイスラム教も同じような考え方をします。

自分が正しければ、相手をたたきつぶしてもかまわない。

砂漠で生まれた西洋の神様の考え方は、過激なのが特徴です。

したがって、キリスト教とイスラム教は敵対するのです。

これに対して東洋はどうかというと、神様の違いもありますが、西洋に比べるとかなり穏やかで、「本当の敵は自分の中にある」と言う考え方をします。

「ライバルはいても敵はいない。いたとしても味方にできる」と思っています。

敵があるとういうことは、それだけで自分の存在が認められているということ、だから敵をたたきつぶすという考え方はしない方がいい。「今は敵だけれども、いつか味方にするぞ」と思うことです。

それも、大きな敵は、大きな味方にできる。

人生で敵をもったら、それを「やっつける」という考え方を持つ前に、どうしたら「味方にできるか」を考えてみることです。

そのときは、「大きな敵ほど大きな味方になる」場合があることを思いだしてください。

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さて、大きな敵に出くわして、おしつぶされそうになりますが、不思議なことに、あきらめないと、いろいろな救いの手が伸びてきます。

「あきらめない」ことが、大きな力となります。



よろこ