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自分の最後を想像したことがありますか?

精神保健福祉士の勉強が、[最後はどのように死ぬのだろう]と考えるきっかけとなりました。

それでは、日曜日のうんちくをおたのしみください!

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日曜日のうんちく 

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終末期患者にかかわる医療ソーシャルワーカー

精神保健福祉士の勉強をしていると、「医療ソーシャルワーカー」という言葉が出てきます。

いったい、どんな仕事なのか?

新・社会福祉士養成講座の事例から紹介します。

Cさん67歳女性、弟61歳と2人暮らし。病名、肺がん(終末期)

離婚後実家に戻ったCさんは、胃がんの姉を自宅療養の末に看取った経験を持つ。

Cさんは、1年3カ月前に肺がんが見つかり、放射線治療および抗がん剤治療を行ったが、1年で治療効果がなくなり、ホームヘルパーを利用して在宅生活を続けた。しかし、両下肢麻痺が発生し、排尿ができなくなったため、救急でZ病院(急性期病院)に搬送となる。

積極的ながん治療の適応がないので、本来ならば入院の対象とならないが、療養型病院からの在宅への移行準備という条件付でZ病院での受け入れが決まった。

医療ソーシャルワーカー(以下MSW)は、病状に変化がありながらも、安全で安心感のある療養生活を構築することを目標にCさんに支援することにした。

MSWは、Cさんとインテーク面接

Cさんは、ほぼ全介助で、寝返りは自分でできたが自発的に動くことは少なく、座位も保てない状態であった。栄養面では寝たきりで経口摂取(口から食べ物をとり、薬を飲むこと)をし、補助的に点滴を行っていた。疼痛コントロールは薬を1日に2回服用。排尿は管の挿入で行っていた。意識ははっきりしており、「母や姉をがんで亡くしていますので、私もあまり長くないと感じています。でも最後は自宅で死にたい」と希望を口にした。

MSWは、弟さんとインテーク面接

「ここに長く入院できないことは分かっています。経済的にも苦しいし。上の姉も自宅で看取っているので、在宅でやっていけると思いますが、私が仕事に出ている日中、姉を一人にすることが不安です。それに今の状況では転院は難しいですよね。」と揺れる思いを打ち明けた。

この話をうけ、MSWは退院先として、自宅だけではなく、同地区の緩和ケア病棟や療養型病院に転院することも選択肢にあることを伝え、費用等の情報を提供した。さらに、今後も継続して相談にのることを約束すると、弟は「ありがとうございます。姉と相談して決めます」と述べた。

Cさんは、緊急で運ばれたZ病院にしばらく入院したが、Z病院は緊急性病院なので、すぐに退院しなければならなかった。相談の結果、弟は退院後の方向性として、在宅で暮らしながら、将来的に入院できる緩和ケア病棟を申し込んでおくことを決定した。

Cさんの在宅療養生活の課題

Cさんの在宅療養生活の課題は、①日中独居、②両下肢麻痺、③疼痛コントロール、④食事の確保、⑤排泄介助であることが明確になった。
身体介助は、異性の弟が大便などの排泄介助をできるか、食事や日中の細々とした介助はどうするかという課題が残ったが、ホームヘルパーを利用することである程度解決できる。

MSWの対応

Cさんも弟も在宅療養に関して、具体的なイメージをお互いが話し合うようになり、MSWはその報告を弟より受け、細かな情報提供や不安の受容などを行った。

ここでMSWがいろいろな相談を弟から受けて、それを受容していることが、弟の心の安定には、とても重要なことに思えます。

さらにその間、MSWは担当医師や看護婦、薬剤師等の他職種との日常的な情報交換やミニカンファレンスを適宜行い、緩和ケアチームや栄養サポートチームのカルテでのアドバイスに目と通すとともに、回診に同行するなどして情報収集を行った。


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退院時カンファレンス

退院時カンファレンスが開かれ、出席者は、Cさんと弟、担当医師(2人)、病棟看護婦、MSW、在宅療養支援診療所と看護師、同診療所のMSW、介護支援専門員の10名となった。

医療面は訪問診療と訪問介護が交互に訪れることでフォローし、介護は排泄介助と調理を中心に、ホームヘルパーを1日4回、1時間を1回と30分ずつを3回訪問させるようにした。介護支援専門員からは、「私たちは看取りの経験がないため、本当に大丈夫か不安がある」と終末期の利用者をケアすることへの不安が再度述べられた。

これに対してMSWが支援体制の全体像を説明するとともに、在宅療養支援診療所の医師から医療面での説明がなされ、緊急時の対応ルートなどを担当医が保障する形で確認した。準備が整ったことを弟と確認し会うと「それなら早く退院しよう」と同意が得られ、4日後に退院が決まった。このように、Cさんと弟の目の前で各専門職の役割分担を明確にし、病院から地域の医療および介護サービスの専門家に引き継ぎの行事を目の前で見せることは、Cさんたちの安心感にもつながり、退院後の生活の不安を減少させるとともに、在宅生活に対する動機づけの場となった。


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緩和ケア病棟

緩和ケア病棟の入院相談日が決まったため、MSWは弟に受診の手はずを説明した。その際、弟は緩和ケア病棟の入院待機期間が長いため、間に合わない可能性もあると理解しつつ、療養が長引いたときの気持ちの安心のために、受診相談すると話した。MSWは自宅で看取ってあげたいが、長引いた場合のことを考えねばならない弟の辛さをサポートした。弟から身体状態については、退院時は経口で食事を摂取できたが、今は難しくなってきていること。前胸部、背分、腹部に痛みがあるが、疼痛コントロールはうまくできていることが報告された。

緩和ケア病棟入院前日

MSWにCさんが亡くなったという連絡が居宅介護支援事務所よりファックスで入った。翌日、弟が「最後まで在宅で過ごせてよかった。穏やかに亡くなった」とMSWに報告に来た。弟は、憔悴しているものの、在宅ケアの様子を振り返り満足げであった。

自分がCさんだったら、または、Cさんの弟だったらと自分に置き換えて考えると、在宅ケアにしろ、緩和ケアにしろ、そばいて相談にのってくれるMSWは、ありがたい存在だと思う。あなたは、どう感じましたか。

引用文献:新・社会福祉士要請口座 17保健医療サービス




よろこ