俳句と短歌は、脳を刺激する

イメージが脳に働きかける代表的なものに、俳句と短歌があります。
俳句と短歌は、わずかな単語で、強い喚起力(鑑賞するものに確かな感銘を与える力)のある詩型です。
日本で長い間詠み続けられた伝統である、俳句と短歌のイメージの中にどんな意味が隠されているか見ていくことにします。

画像の説明

蛇逃げて

我を見し眼の

草に残る     虚子

すでにそこにいない蛇の句です。
蛇は逃げたが、蛇の眼が草に残っているという意味で、まさに眼だけが取り残されて強調されています。草に眼が残ることはあり得ないのですが、まさに激しい喚起力(かんきりょく)です。

俳句は主に言葉の持つイメージを、5・7・5という型の力を借りて強く訴えかけるものです。短歌は、5・7・5・7・7でどちらもリズムがあります。
この独特のリズムが音の響きとなってそのイメージを想起させます。
そのイメージが私たちの心の奥底を揺さぶるのです。
つまり、脳の神経細胞が活性化し、想起の連鎖が起こるのです。

画像の説明

かりがねも

既にわたらず

あまの原

かぎりも知らに

雪ふりみだる     斎藤茂吉

空をわたる雁もなく、かぎりなく雪が降り乱れているという情景です。
虚子の蛇の句と同じで、すでにいない雁を詠んでいます。
見えないものを詠むことによって、強い喚起力を呼び起こします。
眼の前にいない雁、かぎりなく降りしきる雪という言葉が、5・7・5・7・7というリズムと一体となって、深い寂しさを表現しています。

短歌は写生を重視する思想があります。
目に見えるものに深く感動したときに、それを言葉に書き写して歌を詠むのです。
優れた歌人は、写生という表現を使います。

画像の説明

あまのはら

冷ゆらむときに

おのづから

柘榴(ざくろ)は割れて

そのくれなゐよ    斎藤茂吉

しーんと晴れ渡った秋の空を背景に、赤いざくろの実がはじけているところを詠んでいます。はじけたざくろの実の紅。それだけを青い空に浮かび上がらせて、秋の景の澄んだ身の引きしまるような冷たさから、移ろういのちへの畏敬の念までを表現しています。
散文では表現できないでしょう。

限られた言葉とそのリズムによって、人が想いをめぐらすのです。
語数が少ないがために生まれる(脳の神経細胞が活性化し想起の連鎖が起きる)、たいへん不思議な芸術なのです。

喜屋(よろこぶや)カンナ

参考文献:脳が考える脳 柳澤桂子